HR・人材管理SaaSのリファラルプログラム成功事例5選 ―― 人事・労務・採用系ツールが紹介で成長する理由

田中 悠

2026/5/19

人事・労務・採用ツールの導入を検討するとき、最後の一押しになるのが「信頼できる人からの推薦」であることは少なくありません。給与計算や採用管理は企業の中核業務に直結するだけに、機能の比較よりも「あの会社が使っている」「あの専門家が薦めた」という言葉が意思決定を動かすことがあります。

この構造は、HR・人材管理SaaSがリファラルマーケティングと特に相性が良い理由でもあります。実際、海外の主要なHR SaaSは、広告に大きく依存するのではなく、専門家パートナーを紹介チャネルとして活用することで急成長を遂げてきました。

この記事では、Gusto・BambooHR・Rippling・Deel・Personioの5社を取り上げ、それぞれのリファラルマーケティング戦略の設計と成果を紹介します。各事例から「なぜ機能したのか」を読み解き、自社のリファラルマーケティング戦略に活かせる示唆をお届けします。

HR・人材管理SaaSで紹介が機能しやすい3つの理由

HR SaaSは、BtoBの中でも特にリファラルマーケティングと親和性が高いカテゴリです。その背景には、次の3つの構造的な理由があります。

理由1:専門家が「複数社への紹介チャネル」になりやすい

会計士・社労士・HRコンサルタントなどの専門家は、複数のクライアント企業を持っています。彼らがあるHR SaaSを信頼すると、自然と複数のクライアント先へ紹介が広がります。1人のパートナーが数十社へのアクセス経路になりうるという構造は、他のSaaSカテゴリに比べて特に顕著です。

理由2:長期利用を通じて「体験の深い信頼」が生まれる

給与計算・勤怠管理・採用管理は、毎月繰り返し使うツールです。長期利用の中でツールの信頼性が証明され、推薦する側も「自分が実際に使って良かった」という確信を持って紹介できます。体験が浅い段階での紹介ではなく、日々の業務を通じた信頼に基づく紹介が生まれやすい環境があります。

理由3:移行コストの高さが「推薦の重み」を生む

HRツールの乗り換えには、データ移行・再設定・従業員への説明など大きなコストが伴います。だからこそ、利用者がHRツールを誰かに紹介するとき、それは「本当に良いと確信している」場合に限られます。受け取る側も、慎重な立場にある人物からの推薦として受け取るため、成約率が上がりやすい傾向があります。

5社の成功事例に学ぶ——HR SaaSのリファラルマーケティング戦略

事例1:Gusto ―― 会計士パートナーを「紹介エンジン」に変えた給与・HR管理ツール

Gustoは、米国のSMB向け給与・HR管理プラットフォームです。2026年4月時点で50万社以上に利用され、同年には年商10億ドルを突破したと報じられています(出典:TechCrunch)。

Gustoの成長を支えた柱の一つが、会計士向けパートナープログラムです。現在、1万8,000社以上の会計事務所が同プログラムに参加しています(出典:Gusto)。プログラムの特徴は3点です。

  1. ティア型の紹介報酬: 紹介1件目は300ドルのギフトカード、2件目400ドル、3件目500ドル、4件目700ドル、5件目以降は毎回1,000ドルと、紹介が増えるほど報酬が上がる設計です

  2. 収益シェアの選択制: クライアントへの最大20%割引適用か、最大20%のレベニューシェア受け取りかをパートナーが選択できます

  3. 紹介先へのメリット: 紹介経由で登録した企業にも最大20%の割引が適用され、紹介する側が「相手のためにもなる」と感じやすい設計です

Gustoの会計士パートナープログラムの活用事例として、Dark Horse CPAsが知られています。同社はGustoを自社の業務管理に全面導入した結果、給与・税務の非効率が最大80%削減され、生まれた余力でクライアント数を大幅に増やすことができました。その結果、2023年に年間収益が600万ドルから1,200万ドルへほぼ倍増しています(出典:Dark Horse CPAs)。CEO Chase Birky氏は「1年でここまで成長できたのはチームの力によるところが大きいが、Gustoが重要な役割を果たした」と述べています。Gustoのパートナープログラムは報酬収入だけでなく、会計士自身の業務効率化を通じた間接的な成長も支援する設計です。

事例2:BambooHR ―― 「ABC」に絞ったパートナー選定が生んだ信頼の連鎖

BambooHRは、中小企業向けHR管理ツールのパイオニアとして知られる米国企業です。同社のリファラルパートナープログラムが特徴的なのは、パートナー対象を「ABC」——Accountants(会計士)、Brokers(ブローカー)、Consultants(コンサルタント)——の3職種に明確に絞っている点です(出典:BambooHR)。

プログラムの設計は以下のとおりです。

  1. コミッション: 紹介により成約した顧客の売上に応じたコミッションを受け取れます(公式プログラム概要では最初の1年間分を基準に設定。ティアや契約条件により変動します)

  2. 紹介先への特典: 紹介経由で申し込んだ企業には、通常より優先的な初期セットアップサポートと、専任のアカウントマネージャーへのアクセス権が付与されます

  3. パートナー支援: マーケティング資料・トレーニング・専任サポートをパートナーに提供し、クライアントへの提案を後押しします

「ABC」に絞った理由は、この3職種がHR SaaSの意思決定者と日常的に接し、信頼関係が既に構築されているからです。誰でも参加できる汎用アフィリエイトとは異なり、「推薦の重さ」を担保できる職種をパートナーとして選んだ設計です。プログラム開始から間もない2016年だけで163社の紹介パートナーが参加したことが記録されており(出典:BambooHR)、専門職種に絞り込んだ設計への共感が早期から広がったことがわかります。

事例3:Rippling ―― チャネルパートナーを収益の「柱」に育てたオールインワンHR/IT管理ツール

Ripplingは、給与・人事・IT管理を統合したオールインワンプラットフォームです。同社のパートナー戦略は、HR SaaS業界の中でも特に体系化されていることで知られています。

1,500社以上の会計・HRアドバイザリー企業がパートナーとして参加し、2万社以上の成長企業がそのエコシステムを通じてRipplingと接続しています(出典:Rippling)。RipplingのCRO Matt Plank氏は公の場でチャネルパートナーが現在の売上の大きな割合を占めることを述べており、パートナーチャネルが成長の主軸となっています(出典:Partner Insight)。

パートナーは3段階のティアで管理されます。

  1. Standard: 参加時の初期段階。基本的な紹介報酬と情報アクセスが付与されます

  2. Gold: 一定の紹介実績達成後に昇格。高い収益シェアとマーケティングファンドが解放されます

  3. Platinum: 最上位。コセリングサポート・専任担当者・最大限の収益シェアが付与されます

Ripplingはオールインワン設計により、導入後に機能を追加し続ける顧客が多いことで知られています。既存顧客が追加導入を繰り返す構造は、パートナーにとって1件の紹介が長期にわたり継続的な収入源となることを意味します。こうした設計が積極的な紹介活動を生む背景となっています。

事例4:Deel ―― グローバル展開を「紹介ネットワーク」で加速した国際雇用管理ツール

Deelは、海外雇用・給与支払い・コンプライアンス管理を一元化したグローバルHRプラットフォームです。2019年創業ながら、現在は3万5,000社以上に利用されています(出典:Deel)。

Deelのパートナープログラムでは、紹介(リファラル)・リセール・コセリングの3モデルを1つのプログラム内で提供しています。紹介モデルでは、1件あたり最大1,500ドルの報酬が支払われます(出典:Deel)。

Deelで紹介が機能しやすい理由は3点あります。

  1. 課題の明確さ: グローバル採用は「どうすれば合法的に海外人材を雇えるか」という具体的な課題から始まります。その課題を知っている人(会計士・HR担当者・採用エージェント)からの紹介が極めて効果的に機能します

  2. 多国籍パートナーの活用: 各国の会計士・法律事務所・採用エージェントがローカルパートナーとなり、現地語・現地規制に基づいたリファラルが生まれる構造です

  3. 紹介からリセールへのキャリアパス: 紹介実績を積んだパートナーがリセーラーに昇格し、より大きな収益機会を得られる設計が継続的な参加を促しています

複数のビジネスモデルを一つのエコシステムに統合することで、パートナーが自分の立場・得意分野に合った形でDeelを広めることができる柔軟性が、グローバルな紹介ネットワーク拡大の原動力となっています。

事例5:Personio ―― 欧州でパートナー経由の成長を設計したSMB向けHRプラットフォーム

Personioは、欧州の中小企業向けHR管理SaaSとして急成長した企業です。ドイツ・ミュンヘン発で、現在1万5,000社以上の顧客を持ちます(出典:Personio)。2022年のシリーズEで€200Mの資金調達を完了し、当時の評価額は約85億ドルに達しました(出典:Sifted)。

Personioは欧州全土にわたるパートナーエコシステムを構築し、会計士・HRコンサルタント・テクノロジーパートナーとのネットワークを通じた顧客獲得を設計しています(出典:Personio)。プログラムが欧州で機能した背景には、地域固有の事情があります。

  1. 国別規制への対応: 欧州では国ごとに労働法・税制・社会保険制度が大きく異なります。現地の専門家(会計士・法律家・HRコンサルタント)が「この地域に対応している」と保証することが、見込み顧客の不安を解消する最も効果的な手段となります

  2. 統合エコシステムによる提案力: 2022年時点で100以上のSaaSとの統合を追加し、既存のツールスタックへの組み込みを容易にしています。パートナーが「既存環境にPersonioを加える」提案をしやすい環境が整っています(出典:Sifted

  3. リファラルプログラムによる報酬設計: 会計士・HRコンサルタントがクライアントにPersonioを紹介すると報酬が発生するパートナーリファラルプログラムを整備しています(出典:Personio

欧州SMB市場において、国境をまたぐ紹介ネットワークを専門家パートナーを通じて構築したPersonioの事例は、地域特化型のパートナー設計の参考事例として注目されています。

HR SaaS事例から設計に応用できる3つのポイント

1. 「誰が紹介するか」を先に設計する

5社に共通するのは、汎用的なアフィリエイトプログラムではなく、「特定の職種・立場の専門家」をパートナーとして設計している点です。Gustoは会計士、BambooHRはABC(会計士・ブローカー・コンサルタント)、Ripplingは会計・HRアドバイザリー企業と、それぞれ「誰が一番信頼されて紹介できるか」を明確にした上で設計しています。

自社の既存顧客に「あなたはどのような立場の人から紹介されましたか、あるいは誰に紹介できそうですか」と聞くことが、最適な紹介者像を定義する最初のステップになります。

2. 紹介先へのメリットを「先に見せる」

BambooHRは紹介先に専任サポートと優先セットアップを提供し、Gustoは最大20%割引を用意しています。紹介者が「自分の知人のためにもなる」と感じられる設計は、紹介のハードルを大きく下げます。紹介者への報酬と同様に、紹介先へのインセンティブ設計が成約率と紹介者の行動意欲に直接影響します。

3. 紹介が積み重なるほど「パートナーの価値が上がる」仕組みを作る

Gustoのティア型報酬(300ドル→1,000ドル)やRipplingのStandard→Platinum設計に見られるように、実績が積まれるほどパートナーとしての報酬と支援が増える構造が、継続的な紹介活動を促します。一度きりの報酬で終わるキャンペーン型ではなく、パートナーが「長く関わるほど得をする」関係性を設計することが、安定した紹介チャネルの構築につながります。

こうした仕組みの設計・運用を支援するのが、BtoB向けリファラルマーケティングプラットフォームのJoltです。パートナーの管理、紹介のトラッキング、ティア型報酬の設計から支払いまでを一元化し、GustoやRipplingが実現したような仕組みを自社でも構築できます。

また、代理店・パートナー向け紹介プログラムの設計ステップについては、「代理店向けパートナープログラム成功のための設計と構築ステップ」でも詳しく解説しています。

終わりに

HR・人材管理SaaSがリファラルマーケティングと相性が良い理由は、製品の機能の優秀さだけでなく、「専門家が介在する意思決定構造」という業界固有の商流にあります。Gusto・BambooHR・Rippling・Deel・Personioの5社が示したのは、この構造を意図的にプログラムとして設計し、専門家パートナーとの関係を育てることで、広告費に依存しない持続可能な成長チャネルを作れるということです。「誰が紹介するか」「何を提供するか」「どう成長させるか」の3点を設計することが、最初の一歩になります。

リファラルマーケティングの仕組み化を支援する「Jolt」は、紹介者の管理、紹介のトラッキング、報酬設計から報酬支払いまでを一元管理し、BtoB企業のリファラル戦略を加速させるプラットフォームです。リード獲得や商談化に課題を感じている方は、ぜひ一度ご相談ください。

監修者

田中 悠

株式会社AREYO

代表取締役CEO

リファラルマーケティングSaaS「Jolt」を通じて、リファラルマーケティングの戦略策定から紹介プログラムの導入を多方面から支援。

紹介が属人化・形骸化しやすい構造に向き合い、パートナー・顧客・社内から自然と紹介が生まれる仕組みづくりに尽力。

<<主な略歴>>
キヤノン株式会社に新卒入社後、一眼レフカメラのグローバルマーケティングを担当。その後、株式会社プレイドに参画し、セールス、カスタマーサクセス、プロダクトマネジメントを横断し、主にアパレル企業のCX向上を支援。2020年6月より株式会社バニッシュ・スタンダードに参画し、執行役員としてビジネス全体を統括。2025年4月株式会社AREYO創業。

愛媛県松山市出身。みかん好き。

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